たわけだから、ありがたい話だ。さすがは錦糸町でならしただけのことはある」米沢が締めくくるようにいった。
靖子は苦笑を浮かべ、湯飲み茶碗の残りを飲み干した。噂の高校教師のことを思い出していた。
靖子露出苦笑,将茶碗里剩下的茶喝完。想起了话题人物高中老师的事情。
石神という名字だった。引っ越した夜に挨拶に行った。高校の教師だということはその時に聞いた。ずんぐりした体型で、顔も丸く、大きい。そのくせ目は糸のように細い。頭髪は短くて薄く、そのせいで五十歳近くに見えるが、実際はもっと若いのかもしれない。身なりは気にしないたちらしく、いつも同じような服ばかり着ている。この冬は、大抵茶色のセーターを着ていた。そのうえにコートを羽織った格好が、弁当を買いに来る時の服装だ。それでも洗濯はまめにしているらしく、小さなベランダには時々洗濯物が干してある。独身のようだが、おそらく結婚経験はないのだろうと靖子は想像している。
姓石神,搬家那天晚上去打过招呼。也是那时知道他是一名高中老师。胖墩墩的体型,脸又圆又大。因此显得眼睛细的像条线。头发短,稀少,看起来近50岁。实际可能更年轻一些。似乎不太修边幅,总是穿着同一件衣服。这个冬天,几乎一直穿着茶色的毛衣。毛衣上面穿的外套就是他来买便当时穿着的衣服。但是洗衣服倒很勤快。小小的阳台上经常晾晒着衣物。似乎是单身,恐怕也没有结过婚,靖子猜想。
あの教師が自分に気があると聞かされても、ぴんと来るものがまるでなかった。靖子にとっては、アパートの壁のひび割れのように、その存在を知りつつも、特別に意識したことはなく、また意識する必要もないもの、と思い込んでいたからだ。
会えば挨拶するし、アパートの管理面のことなどで相談したこともある。しかし彼について靖子は殆ど何も知らなかった。最近になって、数学の教師だと知った程度だ。ドアの前に、古い数学の参考書類が、紐で縛って置いてあるのを見たのだ。
デートなんかに誘ってこなければいいけれど、と靖子は思った。しかしその直後にひとりで苦笑した。あのいかにも堅物そうな人物がデートに誘ってくるとしたら、一体どんな顔をして切り出すのだろうと思った。
いつものように昼前から再び忙しくなり、正午を過ぎてピークになった。一段落したのは午後一時を回ってからだ。それもまたいつものパターンだった。
靖子がレジスターの紙を入れ替えている時だった。ガラス戸が開き、誰かが入ってきた。いらっしゃいませ、と声をかけながら彼女は客の顔を見た。その直後、彼女は凍りついた。目を見開き、声を出せなくなっていた。
「元気そうだな」男は笑いかけてきた。だがその目はどす黒く濁って見えた。
「あんたどうしてここに」
「そんなに驚くことはないだろう。俺だってその気になれば、別れた女房の居場所ぐらいは突き止められる」男は紺色のジャンパーのポケットに両手を突っ込み、店内を見回した。何かを物色するような目つきだった。
「今さら何の用」靖子は鋭く、しかし声をひそめていった。奥にいる米沢夫妻に気づかれたくなかった。
「そう目くじら立てるなって。久しぶりに会ったんだから、嘘でも笑ってみせたらどうなんだ。ああ」男は嫌な笑みを浮かべたままだった。
「用がないなら帰って」
「用があるから来たんだよ。折り入って話がある。ちょっとだけ抜けられないか」
「何馬鹿なこといってるの。仕事中だってことは、見ればわかるでしょ」そう答えてから靖子は後悔した。仕事中でなければ話を聞いてもいい、という意味に受け取られてしまうからだ。
男は舌なめずりをした。「仕事は何時に終わるんだ」
「あんたの話を聞く気なんかないよ。お願いだから帰って。もう二度と来ないで」
「冷たいな」
「当たり前でしょ」
靖子は表に目を向けた。客が来てくれないかと思ったのだが、入ってきそうな人間はいない。
「おまえにそんなに冷たくされたんじゃ仕方ないな。じゃあ、あっちに行ってみるか」男は首の後ろをこすった。
「何よ、あっちって」嫌な予感がした。
「女房が話を聞いてくれないなら、娘に会うしかないだろ。中学校はこの近くだったな」男は、靖子が恐れていたとおりのことを口にした。「やめてよ、あの子に会うのは」
「じゃあ、おまえが何とかしろよ。俺はどっちだっていいんだ」
靖子はため息をついた。とにかくこの男を追い払いたかった。
「仕事は六時までよ」
「早朝から六時までかよ。えらく長く働かされるんだな」
「あんたには関係ないでしょ」
「じゃあ、六時にまたここへ来ればいいんだな」
「ここへは来ないで。前の通りを右に真っ直ぐ行ったら、大きな交差点がある。その手前にファミレスがあるから、そこへ六時半に来て」
「わかった。絶対に来てくれよ。もし来なかったら――」
「行くわよ。だから、早く出ていって」
「わかったよ。つれないな」男はもう一度店内を見回してから店を出た。立ち去る時、ガラス戸を乱暴に閉めた。
靖子は額ひたいに手を当てた。軽い頭痛が始まっていた。吐き気もする。絶望感がゆっくりと彼女の胸に広がっていった。
富樫慎二と結婚したのは八年前のことだ。当時、靖子は赤坂でホステスをしていた。その店に通ってくる客の一人だった。
外車のセールスをしているという富樫は、羽振りがよかった。高価なものをプレゼントしてくれるし、高級レストランにも連れていってくれた。だから彼からプロポーズされた時には、まるでプリティウーマンのジュリアロバーツになったような気がしたものだ。靖子は最初の結婚に失敗し、