変人だと思われるかも知れないが、僕は人間の歪んだ心理を巧みに描く作品が実に好きだ。
日本人は基本的には創造力が乏しい。特に鳥瞰図的に物事を見るのが苦手のようだ。文学作品にしても、『三国誌』や『三体』のような宏大な歴史とストーリーを語るもの、また『A Brief History of Time』、『Out of Control 』のような深い哲学と画期的な思想が織り込んだ作品は指数えるほど少ない。しかし、その代わりに、日本人は繊細な感覚の持ち主で、特に複雑な構造を持つものに対する解析や、物事、技術などを極めていく能力が非常に高い。そのため、日本のニュース番組や、サスペンスドラマなどは世界中で見てもレベルが一番高い。また、歪んだ人間性や細かい心理変化などを描くのもびっくりするほど上手い。『告白』、『悪の教典』又は東野圭吾のサスペンス小説シリーズはまさにそのようなものだ。
男女関係、特に複雑な恋愛関係に落ちている人々の欲望、喜び、悲しみ、苦しみ、寂しさなどを大変上手に表現できる作者も少なくない。名作『失楽園』を描いた渡辺淳一氏と『ノルウェイの森』を描いた村上春樹氏もその代表者だ。
『女のいない男たち』は村上春樹の9年ぶりの短編小説集で、本人に言わせば、短編小説の場合、いろんな手法、いろんな文体、いろんなシチュエーションを短期間に次々に試して行けるから、その体験は何より嬉しいものだと。さすが文字遊び上手な人は違うね... 読んでみたところ、一番感心したのは「独立器官」の章だった。腕の良い美容整形外科医は、人当たりも良い、金に不自由はない、育ちは良く、礼儀正しい、又面白い、深い会話も普通にできる独身イケメン男性だから、いつも三、四人の女性(ほとんど人妻)と同時に付き合っていた。又、自分が苦にならないように、誰とでも深い恋愛関係にならないように常に心掛けながら人生を楽しんでいた。しかし、そのような羨ましすぎる自由自在な生活は、一人の本気に好きになった女性(こちらも人妻でしかも子持ち)の現れで乱れてしまい、やがて泥沼に深く陥ってしまい抜けなくなった。自分の心は彼女の心とロープで繋いだニ艘のボートのように、綱を切ろうと思っても、切れるだけの刃物はどこにもないから、ずっと苦しんでいた。もしその女性が「いや、やはり主人と子供のところに戻りたいから、別れよ」という始末だったら、それほど難しいことにはならなかったが、皮肉なところ、結局その女性が第三者の男(しかも主人公のお医者さんに比べ、随分レベルが落ちた男)と駆け落ちしてしまったことはお医者さんに大きなショックを与え、食事が喉を通らない苦しみで、体重40キロ以下に痩せてしまい、やがて餓死した(男が死ぬ前、彼の秘書さんはその女性に、一度最後に会いに来て欲しいと頼みに行ったが、結局男が死ぬまではその女は姿が現れなかった)という残酷な結末をつけた。主人公の心理的なもがきを本当に読者に主人公と同じレベルの苦しみを味わせるぐらい上手に書けたから、涙が出るほど感心した... 流石ノーベル文学賞最有力候補者だ!
人間の心って本当に強くて弱いもんだ。なんらかの刺激で、すぐ興奮したり、落ち込んだりする。また時には歪んだり、堕落したりする。そのまま死んでしまうこともある。だからこそ、美しいものではないだろうか...
これ以上書くと夜が明けるから、この辺でやめとく、(つ∀-)オヤスミー